富士山と地下水の年代

富士山は日本で最も規模の大きな成層火山の1つです。 一般に,第四紀に形成された火山の表面は透水性の良い堆積物で覆われており,火山体には多量の地下水が蓄えられていると考えられます。 富士山の場合も例外ではなく,山麓には多くの湧水(忍野八海,白糸の滝,柿田川湧水など)や湖(富士五湖)が存在しています。 これらは,主として難透水性の古富士泥流層と新富士旧期溶岩との境界,もしくは,溶岩層間に存在する被圧地下水であることがほぼ明らかになっています(例えば,土,2002)。 その起源は富士山にもたらされる豊富な降水であり,年降水量は平均でおよそ2500 mm,富士山全域の総降水量は約20億トンと見積もられています(山本,1970)。 しかしながら,近年では三島の湧水をはじめとして,湧水量の減少や湧水の涸渇などといった現象もみられ,社会的にも問題となっています。 このような問題を解決するためには,降水によって地下水が涵養され,湧水として流出する過程や,その時間スケールを理解する必要があります。

地下水の滞留時間(または年代)とは,降水が地下に浸透して大気との接触を断たれてからの経過時間として定義されます(馬原,1994)。 たとえば富士山の湧水では,標高の高い地域での融雪や降水に伴って湧出量が増加することがありますが,湧水の滞留時間自体が短いわけではありません(例えば,土,2002)。 融雪や降水によって被圧帯水層中の圧力が増加し,それが湧水量の変化として現れていると考えることができます。 地下水の滞留時間を推定するには,水に含まれる各種のトレーサー(溶存物質やその同位体)を用いる方法が有効であり,従来は水素の放射性同位体である3H(トリチウム)が有効なトレーサーの1つとして利用されてきました。 富士山の湧水に関しては,三島市周辺を例とすると,4-6年(落合,1995),10年(馬原ほか,1993),15年(土,2002),30年(吉岡ほか,1993),などの滞留時間が主に3Hを用いて推定されており,個々の研究で異なる結果が出ています。 一方,3Hの半減期は12.32年と短く,近年では核実験起源の3Hは減衰して天然レベルに戻りつつあり,有効性が失われてきています(例えば,田瀬,2003)。 そこで本研究では,3Hに代わる手法として,CFCs法,3H/3He法,36Cl法を適用することで湧水・地下水の年代の推定を行います。

参考文献

落合敏郎(1995):東富士の地下水解析.リーベル出版,206 pp.
田瀬則雄(2003):水文学における環境同位体の利用.化学工学,67,97-99.
土隆一(2002):富士山の地下水と湧水.「富士山の自然と社会」,国土交通省富士砂防事務所,pp. 65-78.
馬原保典(1994):最近の地下水調査方法と計測技術 7. 環境の計測 7.2環境同位体分析.地下水学会誌,36,473-485.
馬原保典・五十嵐敏文・田中靖治(1993):三島溶岩流内地下水の年代について.地下水学会誌,35,201-215.
山本荘毅(1970):富士山の水文学的研究 ―火山体の水文学序説―.地理学評論,43,267-284.
吉岡龍馬・北岡豪一・小泉尚嗣(1993):同位体組成から推定される地下水の流動系について ―三島市及びその周辺地域を例にして―.地下水学会誌,35,271-285.

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